帰ってきた仏像 昭和五十一年二月というから、ついこのあいだのことだ。下都賀の国分寺町小金井にある慈眼寺というお寺に、こっそりとしのびこんだ男があった。慈眼寺は、将軍さまが、日光東照宮へ参拝するときにお泊まりになったという、 由緒ある寺で、値打ちの高い仏像や宝ものがたくさんあるという。うわさを耳にした男は、ひとつ、盗みだして大儲けしようと、たくらんだのだ。ひろい境内にたちならぶ、いくつもの、お堂をとおりすぎた男は、 いちばん奥の、納戸ふうのへやをのぞいた。" 暗闇をすかして見ると、たくさんの仏像がならんでいる部屋の奥に、なにやらりっぱな厨子(仏像をいれておく入れ物、)のようなものがある。しめしめとばかりに、とびらをひらいた男は、あっと声をあげた。 中に安置されていたのは、子どもの背丈ほどの、金色にかがやく観音さまだった。 そのひかりぐあいからしても、そうとうな値打ち物にちがいない。 男は、観音さまを肩に担ぐと、夢中でお堂を飛び出した。 ずっしりと重い仏像を、ようやくわが家へはこびこんだ男は、あらためて電燈の下でとっくりとながめ、にやにやと笑いが止まらなかった。 「こりゃあ、ひょっとして金無垢じゃねえか。うまくすりゃあ、一生、遊んで暮らせるぞ。」 すっかり満足した男は、仏像をまくらもとにおくと、そのまま眠り込んでしまった。 真夜中に男は、かすかな人の声に目をさました。 「もしもし。」 誰も居ないはずの部屋の中で、誰かが呼んでいる。 「へんだぞ。」 起き上がって、部屋の中を見わたした男は、仏像と目があって、ぎくりとした。 優しいほほえみを浮かべた観音さまの、目だけが、男の胸を突き刺す様な鋭さで、光っている。 「な、なんだってんだよう。ただの仏像じゃねえか。」 といってみたものの、それからはどうしても寝付けない。とうとうまんじりともせずに夜があけた。 朝になると男は、気味の悪い仏像を車のトランクにほうりこんで、遠くの古道具屋へ売りにいった。だが、どこへいっても、買い手がつかない。仏像のあまりの美しさに、どこの店でも恐れをなしてしまうのだ。 夜になって、しかたなく仏像を持ち帰った男は、こんどは仏像をおしいれに隠して寝たが、また夜中に、人の声で目をさまされ、朝まで寝られなかった。あくる日も売りあるいたが、どこでも買ってくれる者はいない。そんな日がつづいて、男はとうとう、へとへとにつかれきってしまった。 ある夜、男は、仏像をかついで慈眼寺へでかけていった。街道のわきの、もとのお堂に仏像をほうりこむと、まっしぐらにはしって、土地の警察へ飛び込んだのだ。 まっさおな顔をして、ハアハアと、息をしている男を見て、巡査は、 「ははあん、やっぱりきたか。慈眼寺の仏像を盗んだのは、おまえだな。」といって次のようないわれを話してくれたんだと。 この観音さまは、かんむりの中に馬の頭がかくされている馬頭観音なので、うまかたたちが、気がるにお参りできるようにと、むかしは街道にも近い、お堂にまつられていた。 ところが、それをいいことに、街道からお堂にあがりこんで、寝泊りする者があとをたたない。 それをお怒りになったのか、ある夜、お堂に泊まり込んでいた男が目をさますと、まっ白な着物をきた美しい女の人が、恐ろしい目つきでにらんでいる。男は体中痺れた様になって、ほうほうのていで逃げ出したが、そのまま病気になって、とうとう死んでしまった。 またある夜、あがりこんだよっぱらいは、やはり夜中に美しい女の人に睨まれ、それからいく日もたたないうちに死んでしまった。 こんなことがたびたびあったので、この観音さまは秘仏とすることになり、厨子の中にしまわれて、奥座敷へおかれ、三十五年に一回だけ公開されるほかは、決して外に出さない事になったのだという。 慈眼寺の先代住職、上野しょうほうさんは、この仏像がなくなっていることに気づいたとき、持ち出した人がどんな災難にあうかもしれぬ、と心をいため、警察にも訳を話ておいたのだった。 このことが新聞やテレビにでると、人びとは、やっぱり悪い事は、できないものだと、はなしあった。科学の発達したいまの世でも、こんな不思議が、まだまだあるものだ。